人は自分の欲しいものを知らない? | 河村正美 | 今日どう?通信

マーケティングでよく使われる言葉に「インサイト」があります。「洞察」とか「ものごとを見抜く力」を意味しますが、ビジネスにおいては「人(消費者)を動かす隠れた心理」といった意味で使われます。これがわかれば、いままでにない価値をつくり、大ヒットを生むアイデアにつながるというわけです。

人々の「顕在化している、わかりやすい欲求(ニーズ)」があふれ、充たされていないコトやモノがゴロゴロ転がっていた時代には、それを一つひとつ実現していくことがビジネスの中心でした。
しかしいまやニーズのほとんどが充たされ、残るニーズも、競合する他社とのし烈な開発競争にさらされているか、ニーズはわかっているが極めて達成困難な課題を抱えているという状況にあります。現代における宝の山は、本人も気づいていない「隠れた欲求」にあるのです。

それでは、「インサイト」と市民活動との関係について考えてみましょう。

市民活動においては、「人々のニーズは明らかで、しかもまだまだ充たされていないことが多い。まずはそれを充たし、無理なく続ける仕組みづくりを実現するのが先。そのための担い手不足、資金不足をどう解決するかが現実の課題だ」と考える人も多いかもしれません。

確かに、多くの人たちから聞こえてくる切実なニーズに応えていくことが基本ではあります。しかし、そのニーズにも注意が必要です。「顕在化し、わかりやすい」ことはいいことですが、人は、自分の欲求をよく知っている(よそにある)方法の範囲で語ったり、そもそも自分が本当に必要としていることがよく見えていなかったりする場合も多いからです。解決策が目の前に現れたとき、「そう、前からこういうものが欲しかったの!」となるのはよくあることです。

実は少し前から、「デザイン思考」(共感→問題定義→創造→試作→検証というステップで問題発見・問題解決・新価値の創造をするための手法)を使って、私の職場である大学の図書館を「学生にとってもっと価値のある図書館にしよう」というプロジェクトに取り組んでいます。20代、30代の若手職員が中心となった組織横断的なプロジェクトで、私はファシリテーターとして参加しています。

まず学生の気持ちや行動を知り、価値観を共有する作業に取り掛かります。インタビュー、観察、体験、そして洞察などによって潜在的な心情や価値観、欲求を探ります。

学生に話を聞くと、「もっと刺激のあるディープな情報がほしい」といった提供される情報の質に関する意見とともに、閲覧席のあり方についての要望も多く出ます。「個人ブースを多くしてほしい」「隣が近すぎて本に集中できない」「広い作業スペースがほしい」「もっと大きな窓がほしい」…
閲覧席の学生のようすに目を向けると、ぼんやりと外を眺めている学生、本を開いたまま寝ている学生、イヤホンをつけて目を閉じている学生、ずーっとスマホをいじっている学生…

ぼんやりと外を眺めている学生
本を開いたまま寝ている学生

思考や感性をより刺激し、調べものや知的活動をより豊かに効果的に行うことのできる図書館にするには、どういう仕組みや空間が必要なのか、そのための着眼点と具体的な課題を明らかにしていこうというのがプロジェクトメンバーの当初のイメージでした。
しかし…
デプスインタビュー(相手の意識に踏み込んだインタビュー)なども進めていくうちに、学生の行動に潜む気持ちや中心となる着眼点はどこにあるのかが、根本から大きく揺らいでいきます。

授業や製作・研究活動に集中しつづけた学生にとっては、そういったことから解き放たれた場所や時間が一番ほしいのではないか? ひとりでボーっと過ごす時間、風で揺れる木々の葉や雲の動きを見ていられる場所、20分程でいいから人目を気にせずに昼寝ができる場所……。むしろキャンパスに必要なのはそういう空間なのではないか。インターネットが整備された現代の図書館は、調べものや想像や創造のための活動を行う場所というよりは、安らぐことが可能な施設として一番近い存在なのではないか?
もっと、学生の隠れた心理やその感情を生み出す要因、背景にある大学の授業や交友関係、住宅事情、境遇などにも迫っていかなければならないようです。
 
市民活動においても、「インサイト」はとても大切な要素です。目の前のニーズや発言を頼りにするだけでなく、奥に隠れた気持ちや価値観といったいわゆる「人間の理解」から得られたアイデアを形にし、「そう、こういうことを望んでいたの!」という言葉を引き出すことできたら、こんなにうれしいことはありません。

この「インサイト」をつかむためのプロセスにおいては、違う知識、違う経験、違う感性を生かした多様性と集合知が重要だと言われています。まさに「協働」です。まずはそのための効果的な手法を学んだうえで、「協働」によって新しい価値を実現する「インサイト」の獲得にチャレンジしていきましょう。

<参考となる図書の一例>
 ・「欲しい」の本質(宣伝会議)
 ・超図解「デザイン思考」でゼロから1をつくり出す(学研プラス)

文・NPO法人市民協働ネットワーク長岡 副代表理事 河村正美 
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「今日どう?通信」はNPO法人市民協働ネットワーク長岡の事務局・理事その他関係者が、市民協働をテーマに日ごろ感じたこと、気づいたことをしたためるリレーエッセイ・コラムです。
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