忘れたいこと・忘れてはいけないこと~10年前の7月7日~|本間 和也|今日どう?通信

7月7日の夜に、この原稿を書いています。

今回は、協働とはチョットかけ離れた出来事を綴りますが、お許し願います。

忘れもしない2016年7月7日、私は、大病を患いました。病名は脳梗塞。右半身麻痺の後遺症が今でも残っています。

あの悪夢の日から早くも10年がたちました。

10年前の朝、目が覚めたら体が非常にだるく、うつろ状態。しゃべられない。気力を振り絞り職場に行きましたが、会話も支離滅裂。見るに見かねた職員が救急車を呼び、病院へ。ここからは、はっきりと覚えていませんが、点滴を打ち、目が覚めたのは夕食のあたりでした。

右手は全く動かない、右足はチョット動く。右の尻に力が全く入らない。気づけば尿カテーテル(尿管に通す管)が入り、その日の夜から左手でご飯を食べる生活がはじまりました。

半月後、リハビリの病院へ転院。全く歩けないため、引き続き、歩行訓練を継続。言語については、口が回らず「ら」行が発音できない、右顎で食べ物が噛めないことに加え、処理能力、短期記憶がダメとすべてでアウトでした。夜、病室でひとり、心の中で、何度「畜生」と叫んだことか。

これらの課題を即解決する方法はないが、少しずつリハビリを行うしか道はありません。夕食後の時間にトイレで鏡を見ながら、必死に「ら」行の発声練習を行っていたことが今でも思い出されます…

あれから10年。おかげさまで、今では、右手で文字を書いているし、日常生活上ほぼ支障はないほどまでに回復しました。職場のメンバーも私の不足の点を補ってくれ、お互いに“持ちつ持たれつ”の関係でいます(というか、気を使ってくれているのか不明ですが(笑))。

このように、できるときに、できることを「出し合い、借り合い、貸し合う」という、お互いが相補関係によって成り立っている姿を見ると、これも、立派な「協働」(異なる立場や組織の人々が共通の目標に向かって、それぞれの得意分野を活かしながら協力して働くこと)であると改めて感じている今日この頃です。

10年という節目を迎え、大病を患ったという負の出来事は忘れようにも忘れられません。しかし、前向きにとらえるのであれば、他の人にはできない経験になったと思います。そして、少しでも今後の人生がプラスとなるよう、私にしかできないものを探りつつ、協働をきっかけに出会った仲間を大切にし、さらに邁進していきたいと思います。

文・NPO法人市民協働ネットワーク長岡 理事 本間 和也

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「今日どう?通信」はNPO法人市民協働ネットワーク長岡の事務局・理事その他関係者が、市民協働をテーマに日ごろ感じたこと、気づいたことをしたためるリレーエッセイ・コラムです。
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